怒りとは、自分がしてしまったと思うことで人を責めること

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今週の学び
チャック・スペザーノ博士著
~傷つくならばそれは愛ではない~
92日目
『怒りとは、自分がしてしまったと思うことで人を責めること』

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怒りについてのレッスン、上級者編です。

怒っているときに、相手に『どうしてもこのことを言ってやりたい』という駆り立てられる感じは、その大元を探ると、過去の体験が浮上するようです。

例えば、私の例で行くと、夫がスマホに注目すると、そのスイッチが入ってしまいがち(汗)

今週の学びの
『怒りとは、自分がしてしまったと思うことで人を責めること』とはどういうことでしょうか?

私の例をさらに検証してみましょうね。

私は幼少期、
家族でとても楽しい食卓を囲んだ経験もあれば、
地獄のような両親の喧嘩に耳を塞ぐようなことも多々ありました。

小学2年生のときに始めた体操や、学校は、ある意味、私の逃げ場になりました。

いつしか、家族が喧嘩していても、どこかその時間をやり過ごし、無関心を装うか、思いっきり家族の誰かを攻撃した記憶があります。

そして、高校1年生で父が亡くなったときに、
『私がお父さんを責めたからだ』『私が家族に無関心だったからだ』という罪悪感が湧きおこり、怖れと悲しみが入り混じった何とも言えない気持ちになりました。

その私が、大人になり、結婚し、家庭を持ち、、、夫がある態勢を取ると、瞬間反応してしまうのです。

そう、夫がスマホに没頭しているときに((笑))。

かつて家族を無視した自分と夫を重ね合わせ、

私は自分が無視されたような気持ちになったり、

理解や関心をもってもらえないように感じ寂しくなったりすることで、

過去の罪悪感を埋め合わせるようにしていることに気づきました。

そして、そんなことはさておき、かつて私たち家族に起きたように、家族がバラバラになってしまうという怖れから、夫に怒り、自分の思い通りにコントロールしようとしていたことにも気づきました。

では、どうしたらいいのでしょうね?

 

過去の罪悪感に向き合い、本当は自分は無実なのだというところまでいけば、怒りスイッチは消滅です。

 

でも今日皆さんにお伝えしたいのは、

『いま』を知ること。

いろいろな感情の源は、過去の体験がベースです。

感情の渦に入り込んでしまうと、

『いま』が見えなくなりがちです。

怒りを認め、大手を広げて深呼吸し、『いま』に目を向ける勇気を持つこと。

 

その後、本当は夫は、私のためにリサーチしてくれていたことに気づけ、無実だと気づけました(反省・(笑))

 

そうすると、かつての自分への理解も深まり、罪悪感が和らいでいくのです。

罪悪感スイッチは、エゴの戦略。

愛の力で乗り越えて、成熟さに磨きをかけていきたいですね。

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