家族みんなで幸せごはんの工夫

こんばんは。ファミリーファシリテーター堅田亜貴子です。

今日の子どもたちのおやつは、柿とみかんのチアシード入りスムージーにしました。

お肉も白米も大好きな家族です。いわゆる、酸性に傾きやすい食事を好みます。昨日、リビングフードスクールの講座で、『酸性に傾いているときの身体の症状』を学びました。私は、過去、自分がストレスでいっぱいだった時のことを思い出しましたが、夫は、「いま」そうだと嘆いていました。

そんな夫を見ながら思ったことがあります。

お肉も白米も大好きな家族の食改善がスムーズにいかないのは想定内だったけれど、いざ家族の反応がいまいちだと、凹んで、どこか諦めモードだったなあと。まだまだできることがあるんじゃないかと、想いを新にすることができました。

私は、まだまだ改善途中ですが、
ひどかったアレルギーが改善してきたり、
アレルギー反応がでやすい食べ方に気づいてコントロールできたり、
調子が傾き始めたときに、早いうちに手を打てるようになってきました。

そんな私も、チョコレート依存だったのに、気づいたら、身体が喜ぶ食事にシフトしていっているので、

私のうまくいったプロセスを参考に、家族の食が自然にそして楽しく改善の方向にシフトできるよう、再出発しました。

家族みんなで幸せごはんの工夫は、
☑ 楽しむこと
☑ 母である自分自身から食改善
です。

身体は資本。
まさに、人生の成功を支える家族の基盤作りにつながる、
ファミリーファシリテーターとしての大事なお仕事です。

食後、長男から、「ママは、心理学のレポート書きに集中するんでしょ。こっちは、技術のレポート完成するからさっ。お互いがんばろうぜー」と言われました。

ローを摂りいれた食事は、食後に眠くなりません。良い感じです。

学習支援という立場から

とある小学校で学習支援をしています。

この数か月、大学での勉強を進めながら、学習支援について考えてきました。

子どもの状態、学校の接し方・捉え方が違う中で、

どんなサポートが必要なのか?
その軸は、何であるのか?
特別支援とは何か?

これまでの経験を手放し、改めて考えてみたかったのです。

答えは、、、
学習支援を必要としていようがいまいが、
子どもたちが必要としているものは同じだと感じました。

 

つまり、自立のための支援です。

 

学習支援は、一歩間違えると、学校の勉強についていけるよう、最低限のことを『理解』ではなく、『教え込む』という方向に行きがちですが、それでは、いつまでたっても支援が必要な子どもを育てるだけだなと感じます。

 

自立のための支援とは何でしょうか?

 

そもそも、学校の勉強についていけるようにするには、
学校の授業にこころを開いていけるようにする手立てが必要だと私は常々感じています。

 

こころが開かないうちは、何も吸収しないからです。

 

授業を楽しく!というのもひとつかと思いますが、
授業を楽しくするにしても、子どもたちをよく観察する必要があるのです。

 

それには、授業中の子どものあるべき理想の姿であるかどうかに注目するのではなく、子どもたちがとっている行動そのものの真意をよく観察するのです。

 

なみに、子ども本人が、授業についていけているのかどうかは、本人がいちばん感じているところです。
みんなと同じように授業を受けたり、
問題を解けるようになりたいと思うものなのです。

 

でも、それができない。。。

そして、本人なりにどうしているのか???

 

いっけん、問題行動だったりしますが、その理由がわかったときに、どう支援するかが見えてくるのです。

 

すてきなのは、ひとりひとりにあった支援がみつかるのです♡

 

それは、今まで私が算数や数学を通して子どもたちに接してきた在り方と一緒。
教えていて、ワクワクしちゃいます。

 

要は、子どもたちの学習サポートに必要なこちらのあり方は共通していて、彼らの自立を支援することだと私は考えます。

 

子どもたちの笑顔が見られる支援。

一緒に考えていきませんか?

不安ではなく信頼

6月に発症した甲状腺炎が残る中の高齢出産です。
数値は大したことないものの、
不安要素は多い状況。

お腹の子のこと、
出産そのもののこと、
産んであとからのこと、、、

でも、気持ちをしっかり持って、
不安ではなく、

『愛』

を選びたいです。
いまは、『信頼』するということ。

ひとたびそちらに目を向けると、思い出せるんです。

この子の存在のパワーとか、
夫とふたりで受け入れた瞬間、
息子のメッセンジャーぶり、
コーラスの友人たちが、穏やかな顔をしていると言ってくれたこと、
産科の先生が、「安産オーラ出てますね」と言ってくれたこと。

そっか♡って思える。
みんなの見ていてくれる私たちを思い出し、それを信じようと思える。

そして、感謝がでてきます。

不安というエゴではなく、
信頼という愛を生きよう♡

息子の存在に感謝~人生のプランを手放したプロセス~

まさかの高齢出産発覚から、1ヶ月が経ちました。

夫と話していたのですが、

夫とふたりでこの子の迎えた瞬間というのがありました。

振り返れば、この子の気配は、昨年から感じていて、

そのパワーはすごくて、

息子たちは、特に下の子は早くから察知して、メッセンジャーになってくれていました。

彼の声があったから、

夫婦で人生のプランを手放し、

この子の存在に気づき、

迎え入れる準備ができたのだと思います。

息子の存在がなければ、

私はこの使命に気づきもせず、受け入れることもできず、

仕事に翻弄する日々を送っていたかもしれません。

改めて、息子の存在はすごいなと思います。

大切なメッセンジャーぶりに、感謝を何度か息子に伝えています。

息子に、自分の存在意義をしっかり感じてほしいという気持ちもあります。

伝えると、彼はとても素敵な笑顔を魅せてくれます。

彼のこらからの人生の心の支えになること間違いなしです。

こころの教育をしていくには?

人生の成功を支える家族の基盤構築
ファミリファシリテーター堅田亜貴子です。

こころの教育の土台は、家族関係にあると思います。

私たちは、人間である限り、完ぺきではないので、
こころの教育、こころの成長は、子どもばかりに注目される類いのものではなく、むしろ、大人である私たちが心していくものであると私は思います。

では、発展途上である私たちが、子どもたちに『こころの教育』をしていくには、どうしたらいいのでしょうか?

それは、
私が私のこころを大切にしていくことです。

私のことですが、10年前、自分はこころを大切に過ごしている込んでいました。

家族のことをとても大切に思って、

夫の両親を誘って毎年一緒に旅行に行ったり、
電話で私たちがうまく行ってることや夫の活躍ぶりを両親に報告したり、

子どもたちには、記念日プレゼントをスルーしちゃうパパの代わりに子どもたちにパパの想いを一生懸命伝えたり…

家族の絆を育むためにこころを尽くしていたからです。

 

私はこころを大切に過ごしている、そういう自負さえありました。

実際、そうだったと思います。家族に対しては、、、。

 

ところが、10年前のある日、当時心理学トレーナーをしていた友人に

「いま、どんなことを感じている?」

と質問されても、答えられませんでした。

 

それでも思いつく限り言葉を並べ、

「あの時の〇〇がイヤだった。
でもできれば、これからは□□の状態にしていきたい。
母親だもの、そうするべき。
答えはわかっている。
でも私がそのように出来ていないだけだ。」と、答えました。

 

ところがその友人に、
「どれも思考的で、あなたが何を感じているのか人にはわからない」
と、言われたのです。私は驚きました。

 

なぜなら当時、息子がお世話になっていたモンテッソーリスクールの園長先生にも、「考えるより、感じてみてね。それにはあなたが自分の時間を持つこと」
と、指摘を受けていたところだったのです。

 

そして『今』、このことを振り返ってみても、実際のコミュニケーションにおいて、感情表現がとても乏しかったとわかります。

 

例えばこうでした。

 

ネガティヴな気持ちを表現する時は、
・なんかイヤ
・怒ってる

 

ポジティブな時も、よく使う表現は、
・楽しい
・嬉しい

という表現に陥りがちでした。

 

人に気持ちを伝えるということがとっても未熟だということを知ったのです。

それ以前に、私自身、自分のこころを大切にしていなかったことに徐々に気づくことになります。

 

当時、私はとても感情的でした。つまり、感情的になっていたのは、私自身のこころを無視していた結果だったのです。こころの中でいろんなことが起きていても、蓋をし、たくさんの感情や思いを封じ込めてしまっていたのですね。

そのように自分のこころをぞんざいに扱った自分を、改めて振り返ると、
「家族に尽くしても、大切にされていない」と、感じていました。

 

でも、結局のところ、私が私自身のこころを無視した結果だったとわかったのです。(これについては、書くと長くなるので省きます。)

 

あれから10年、成熟した女性ってどんな女性なのか?
紆余曲折生きてきた今だからこそできる学びをしていきました。

私ならではの、人生の成功を支える家族の基盤構築の築いていきました。

結果、以前のように、「何を言っているのかわからない」と言われるのが怖くて、コミュニケーションをとることを諦めるようなことはなくなり、

今では家族に大切にされるようになり、

私を大切にしてくれた家族自身のの変化も大きなものでした。

 

家庭だからこそできる『こころの教育』
あなたも築いていきませんか?

子どもに勉強を教えるために、親が勉強する必要はない

1問向き合うごとに自信がつく☆
ママだからできるトラストメイク学習法
堅田亜貴子です。

ママやパパが子どもに勉強を教えるときに、よくある勘違いは、

*勉強は、得意な人が教えるのであって、不得意だった私は教えられない。

というもの。

いろいろな考え方があってよいと思いますが、私は、むしろ、親が勉強できない方がいいとさえ思っています。

なぜか???

その理由は、

学校で詰め込まれているので、勉強そのものを伝える必要はないから。

むしろ、たくさんの情報を抱え、いろいろな体験をしていていっぱいいっぱいになっている子どものこころを受け止めることに専念してほしい。

 

親が勉強が得意だと、それを教えてあげたくなってしまうでしょう。

下手すると、学校の先生が教える言葉遣いや教え方と違い、かえって混乱したり、

そもそもいっぱいいっぱいなこころにもっと詰め込むことになります。

それより、子どもが自分で考えて解けた!私にもできる!次もやってみたい!という生きる力につながる導き手である必要があるのです。

本気で向き合った私の事例③

子どもたちをみると本気モードスイッチオンされる堅田亜貴子です。

 

私の本気モードは、子どもたちにすぐ伝わるようで、「先生って、授業、いつも本気だよね。」って言われます。

 

かつて私が中学校で教鞭をとっていたころは、生徒たちには、GTOではなく GTKと言われたりしていました(笑)

 

さて、子どもたちは、どんな時に私の本気モードを感じ取っていたと思いますか?

 

大きくは2つあります。

 

質問されたら、カリキュラムを吹っ飛ばして、とことん付き合うこと。

 

私の内的な体験を、生徒たちの前でごまかさず、ドギマギしながらも、きちんと伝えること。

 

子どもたちは、自分たちを子ども扱いされたり、話しをスルーされてしまうと、子どもたちはそれに気づいてがっかりするのだそうです。

 

ある男子高校生は、自分が中学生の時、先生の受け答えを見て、その教科を頑張るかどうか左右されていたと教えてくれました。

 

このほか、子どもたちに、過去の失敗談を話すのも、信頼関係を培うには良いネタです。

 

いつでも本気であるところ、魅せ続けたいなと思います。

 

本気で向き合った私の事例②

息子たちがまだ幼稚園に通っていた頃。私は何だか体力的にも疲れきっていたし、精神的にもとても辛くなっていた時期がありました。

 

出産直後からの夫とのコミュニケーションの積み重ねから、夫に家事や育児を頼めば手伝ってくれるという状況にありましたが、

 

私は何だかとっても空回りしていたように思います。

 

教員だった頃に、子どもたちに向けていたゆとりや信頼はどこへやら、気づいたら、子どものあるべき理想の姿や、子育ての理想を描き、

 

子どもたちにも厳しく厳しくしていました。

 

子どもたちを厳しく育てるには、その環境の一部である自分にも理想を突き付けて、

 

良いお母さん

 

良い奥さん

 

良い保護者

 

良い嫁

 

であろうとしていました。

 

幼稚園で、「丁寧な子育て」を評価される一方で、

 

幼稚園での息子に対するフィードバックが辛くなっていたのです。

 

結果、子どもを『直そう』と必死になってしまうありさまでした。

 

子どもたちは、むしろ症状が悪化。。。

 

そんな子どもたちを見ていると、もっとのびのび育てたいという気持ちが強くなっていきました。

 

ある日、「この状態を変化させたい」と思ったのです。

 

子どもに厳しくモードをいったんストップしました。

 

そして、自分と向き合ってみました。

 

 

とっても無理をしている自分に気づいてはいたのです。

 

 

でも…

 

その無理をする一方で、「絶対に私がやらなければ」と雁字搦めになっている自分がいました。

 

 

まるで、やめたいはずの無理を、

 

むしろ買って出てるようだと思えてきました。

 

「もう止めよう。」

 

「ん??????」

 

( 涙が出る… )

 

ようやく気づいたのです。

 

たくさん家族への想いがこみ上げてきました。

そして、私は自分に無理を強いて犠牲になることで、家族の中での自分の存在価値を必死で保とうとしていたのです。

 

家族の中で辛くなっている自分と向き合い、ダメな自分と向き合い、そのことを夫に素直に伝えました。徐々にですが、私は、例え私が何もできなくても、家族にとってかけがえのない存在なのだと心底思え、そんな自分を大切にするようになりました。

 

モノの見事に、
息子たちも自分を大切にいきるようになり、

 

私が厳しくしなくても、年齢相応の『判断』ができる子どもたちに育ってくれました。

 

本気で向き合っているつもりが、自分いじめになっていることありませんか?

そんな時は、客観的に聴いてもらう時間を取って、自分に優しくなるようにしましょう。

それって本当に子どもと本気でぶつかっていることになる?

以前トラストメイク学習法を受けていた生徒さんのママから、「子どもに本気でぶつかっていったら、そのままヒートアップして、家を出てしまいました」と、報告がありました。

確かに子どもたちと本気で向き合うことは、とても良いことです。

が、ママが家を出た経緯を聞くと、どうやら『本気』という言葉の意味の捉え違いが起きていたようです。

■ 本気で向き合うとは?

結論を簡単にお伝えすると、
『子どもと本気で向き合うとは、私が自分と本気で向き合った結果できること』です。逆に言えば、私が私と本気で向き合えないでいる限り、その分野で、子どもと本気で向き合うことはできません。

■ 自分と本気で向き合うとは?

怒りの下には、本当の気持ちが隠れているんでしたよね?

その本当の気持ちに逃げないで向き合う

=本気で自分と向き合う

=子どもと本気で向き合う

ということが起きてきます。

 

■ あなただけではない

家族関係の中で、いろいろな気持ちになることはとても自然なこと。あなただけではありません。「これくらい大丈夫」とするよりも、しっかり向き合って、成長しつづけていく姿を子どもたちに見せていきましょう。そうすれば、子どもたちの中で自分と向き合う力が培われていくことでしょう。

こういう時こそ、これを機会に、パートナーの力もぜひ借りてくださいね。
よい週末を

本気で向き合った私の事例 その①

ファミリーファシリテーター堅田亜貴子です。

中2の女子生徒の例です。

宿題をしてこなかった生徒がいました。

いつもと明らかに態度が違いました。

個別に呼んで話を聞くと、「先生に以前、〇〇ページの応用問題をやらなくていいと言われて辛かった。」と訴えがありました。

彼女は、私に謝ってほしいと言い、完全に被害者意識に陥っている様子でした。

訴えに対して、「先生にやらなくていいと言われるのは彼女にとって辛い」という気持ちをいったん受け止めたものの、最近の彼女のお決まりのパターンだと気づきました。

私には、そのことを彼女に伝えた明確な理由があったので、しっかりそのことを伝えました。

その後、彼女は、宿題に取り組むことが気が重くて、逃げちゃったのだと私にばらし、

「先生、ありがとう」と伝えてきました。

「先生からは、逃げられない」そう言って、嬉しそうに笑っていました。

 

私がちょっとでもお友達よりな返事をしたら?

私がちょっとでも、本来伝えたいことからそむいたら?

彼女には愛が伝わらなかったのだと、わたし自身、このことを通して学べたのでした。