それって本当に子どもと本気でぶつかっていることになる?

子どもが大きくなってくると、
子どもに本気で向き合うことの必要性を感じることがあります。

赤ちゃんのときは、全面受け入れられたことでも、親子関係は変化するもの。自然なプロセスの中で、パパやママの変化が起きてきます。

今回はその『本気モード』について考えてみましょう。

あなたは、こんな経験ありますか?

□ 「子どもに本気でぶつかっていったら、そのまま自分がヒートアップしてしまった」
□ 「本気だから、一生懸命何回も何回も伝えているけれど、改善されないどころか、うっとおしがられた」

 

確かに子どもたちと本気で向き合うことは、とても良いことですが、何かがズレているとうまくいきません。

 

本気で向き合うとは?

結論を簡単にお伝えすると、
『子どもと本気で向き合うとは、私が自分と本気で向き合った結果できること』逆に言えば、私が私と本気で向き合えないでいる限り、その分野で、子どもと本気で向き合うことはできません。なぜなら、あなたがその課題を乗り越えているいないに関わらず、そのままのあり方が相手に伝わるからです。

 

■ 自分と本気で向き合うとは?

本気で向き合ってもうまくいかないとき、何らかの感情が隠れています。それはどんな感情でしょうか?

感情に向き合うことは、時に勇気がいることだったりします。
言い訳をしたくなったり、
いつも気分転換してごまかしたくなったりします。

感情に向き合う=本気で自分と向き合う=子どもと本気で向き合う
という構図を覚えておきましょう

家族関係の中で、いろいろな気持ちになることはとても自然なこと。あなただけではありません。「これくらい大丈夫」とするよりも、しっかり向き合って、成長しつづけていく姿を子どもたちに見せていきましょう。そうとすれば、子どもたちの中で自分と向き合う力が培われていくことでしょう。

こういう時こそ、これを機会に、パートナーの力もぜひ借りてくださいね。パートナーがあなたと違うものの見方をしてくれているときは、よく聞いてみると、案外抜け道が見えるものです。

でも、パートナーも同じ課題を抱えていて、ふたりで陥ることもあります。そんなときは、、、

そんなときは、ご相談ください。
お子さんの今後を一緒に考えていきましょう

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ファミリーファシリテーター
堅田亜貴子でした

本気で向き合った私の事例 その①

ファミリーファシリテーター堅田亜貴子です。

中2の女子生徒の例です。

宿題をしてこなかった生徒がいました。

いつもと明らかに態度が違いました。

個別に呼んで話を聞くと、「先生に以前、〇〇ページの応用問題をやらなくていいと言われて辛かった。」と訴えがありました。

彼女は、私に謝ってほしいと言い、完全に被害者意識に陥っている様子でした。

訴えに対して、「先生にやらなくていいと言われるのは彼女にとって辛い」という気持ちをいったん受け止めたものの、最近の彼女のお決まりのパターンだと気づきました。

私には、そのことを彼女に伝えた明確な理由があったので、しっかりそのことを伝えました。

その後、彼女は、宿題に取り組むことが気が重くて、逃げちゃったのだと私にばらし、

「先生、ありがとう」と伝えてきました。

「先生からは、逃げられない」そう言って、嬉しそうに笑っていました。

 

私がちょっとでもお友達よりな返事をしたら?

私がちょっとでも、本来伝えたいことからそむいたら?

彼女には愛が伝わらなかったのだと、わたし自身、このことを通して学べたのでした。

お母さんと愛のレッスン

今日は母の日
お子さんがいらっしゃる方は、感謝される(本来ならば(笑))日でもありますね。

今日は、私と一緒に、『お母さん』について考えてみてくださいね。

これまで関わった子どもたちやパパママを見ていてもそうだったのですが、
お母さんに対する想いは、特別なのだろうなと感じています。
聞いてみると、

すっごく嫌いなんだって力説していたり、、、

お友達みたいに中が良い話をしていたり、、、

中には、自分のことはさておき、お母さんがどうかという話をしてくる方それぞれです。

 

大切なのは、好きか嫌いかはさておき、

あなたがお母さんを思い出した時に、

幸せな気持ちになれるかどうか?なんです。

ひいては、愛されていると感じたり、愛している喜びを味わっているか?

 

私は、、、母とはいつも一緒で、母のことがすごく好きだと信じ込んでいました。

母が他界し、改めてこころの中をみつめると、ある種の『緊張』がつきまとっていたことに気づきました。

その緊張は、母の期待に応えているかどうかの緊張でした。

母が他界したわけですから、

母の期待に応えるかどうかは、もう関係ないはず。

でもどうでしょう?

 

夫をはじめ、少し先輩にあたる女性や、私の権威、または、息子たちの先生との関係において、母との関係性を映し出していることに気が付きました。
「もう母は亡くなってるし、期待に応える必要もない」とどんなに自分に言い聞かせても、私がかつて母の期待に応えようとがんばっていたように、

夫の期待に応えようと無理したり、

先生の期待に応える気もさらさらない息子が不甲斐なく見えたり、

年上の女性にすぐ気に入られるけれど、どこか辛かったり、、、。
母との関係をじっくり見直すと、好きだったはずが、母に言われた言葉を引きずっていたり、あの時こうしてほしかったという不満が押し込められていました。

好きだという気持ちで、蓋していただけだったのですね(笑)

自分をみつめればみつめるほど、好きっていうのも、嫌いっていうのもどうでもよく、愛しあう幸せな関係性でいるかどうかがポイントなのだと気づくことができました。

自分が思った通りではないと、気に入らない顔をして、愛を受け取れないとか、

都合のよい部分だけを思い出して、「好き」って、本物ではないと気づけたのです。

さて、私は、母親でもあり、教師でもあり、妻でもあります。

逆の立場にいるわけです。

私と関わる子どもたちのために、

どのような後ろ姿を見せることができるでしょう?
それは、、、

背伸びする必要はありませんが、

 

母と愛を育み続けること。

 

母を思い出したり、

母と一緒に過ごして共に辛かったときを思い出して泣けたり、

いま幸せであることを報告したり、

天にいる母と、夫の母に捧げようと思います。
そして、子どもたちからは、愛を受け取るレッスンを受けます(笑)

 

子どもたちにたくさん与えさせてくださいね。

あなたが思う愛し方ではないと思います。

お子さんの愛し方にどれだけ気づけるか?

何か素敵な発見があったらぜひ教えてくださいね☆

 

それらを通して、お母さんを思い出して、ほんわか温かい気持ちでいっぱいになれたら、あなたのお子さんも大丈夫です☆