家族基準の生き方

中学1年生のとき、父は風邪をこじらせ心不全になり、1ヶ月近く入院した。

でも、治療が終わったにも関わらず、会社に出社できない日が続いた。

高校1年生のとき、父は1週間ほどの入院をすると言って家を出た。

元気なのになんで入院するのだろうと疑問が残った。

5月に入ったとある日に、学校に父急変の知らせがきた。

わけがわからないまま、病院に向かう。

それから医師へ疑念が残る日々が続いた。

「警察を呼んでくれ」という父の言葉。

医師からの信じられない言葉。

廊下ですれ違い間際に必ず進路変更する医師。

医療裁判という4文字。

父が他界。

整理のため、父の会社に出向く。

会社の机の中はすでに整理されてほとんど空っぽ。

人事からの話は

労いではなく、「自己責任だから会社の責任はない」というもの。

なぜ急にそんなことを言う?

残された父の手帳。

過労。

部下の不審な死に方。

権力闘争。

出社拒否。

部下から明かされる信じられない言葉に凍り付いた高校時代。

そこから学んだこと。

会社のために尽くしても、

会社は労ってくれない。

そもそも、会社基準ではなく、

家族基準で仕事する必要があった。

そうしたら、父もいのちを守ることができたんだ。

家族のために父が働いた仕事。

肝心の父が死んでしまった。

喪失感。

絶望感。

そこから必死に這い上がり、

決めたこと。

もし私が家庭を持つことがあったら、絶対に夫の命を守ろう。

競争社会に巻き込まれない素敵な人生を開拓しよう。

尊重された女性を生きるということ

「女性であっても学をつけ、

自分で選択し可能性を広げていく生き方をしてほしい。

お母さんみたいに

たくさんおしゃれをしてね。

そして、お母さんみたいに

愛しあえる人と結婚するのよ。

それが女性の幸せ。

あなたには絶対に幸せになってほしい。」

これは、何度も私に伝えてくれた母の想いだ。

過去の体験に基づく母の私への想い。それは衝撃的な体験の数々だった。

母は、自分の父親に働き手として扱われていた。

そのため、弟と一緒に疎開させてもらえず、東京大空襲にもあった。

中学は、自力でアルバイトしながら通った。

自分の母親は父親から常に暴力を受けていた。

母自身も、義理の家族に暴力をふるわれ、最初の子を流産した。

話と一緒に母のたくさんの涙が伝わってきた。

もしこの話だけだったら、私は母の悲しみに一緒に陥ったままだっただろう。

でも、母には憧れる存在がいた。

私が通う小学校の校長先生だった。

凛としていて、

穏やかで、

いつも話を聞くスタンス、

真理を追い求める強さを持った

ステキな女性だった。

母の憧れる女性を間近で見て、

そして普段の母をみていて、

私は、母が私に伝えたかったことを肌で感じ取っていた。

私は母に憧れるようになった。

そしていま、

女性の尊重について、

母、そして校長先生から学び、

尊重された女性を生きるために、

私が取り組んでいること。

女性である私が自分自身を尊重すること。

男性を尊重すること。

命拾いした祖父の選択

第3話

母が私に伝えた選択の大切さとは

〜命拾いした祖父の選択〜

10歳頃になると母はいろいろな話しをしてくれるようになった。

その中で衝撃を受けた話のひとつが本日の話し。

時は、1945年。

母は東京の本所という町に住んでいた。

祖父は、医療機器にも使われるピンセットの職人。

耳に障害があり、出征することなく、地元のいわゆる消防団として働いていた。

ある日のこと。

空襲警報が鳴り、

防空壕に避難するといういつもの場面で、

祖父はある選択をしたのだ。

祖父は突然畳を水で濡らし、囲いを作り、その中に家族を避難させた。

防空壕へは向かわせなかったのだ。

「いいか!良いっていうまで絶対に外に出てくるな。」

母は、なぜ自分の父親がそんなことをするのか最初はわけがわからなかったという。もしこんなことがみつかったら、父の命が危ないし、とても怖かったそうだ。

かなり時間が経った頃、

ようやく父からの許可が下りて、母は、その意味がわかったという。

あたりは焼け野原。

逃げるはずの防空壕は、

なくなっていた。

一家は生き延びた。

母は私に言った。

「自分の人生なのだから、

自分で選択するのよ。

だって、人の言葉を気にしたって、その人はあなたのことを守ってくれるとは限らないのだから。」

【自分で選択する】

何か不都合なことが起きたとき、

道はふたつに分かれる。 

ひとつは、被害者意識に陥る道。

もうひとつは、選択しなおす道。

被害者意識に陥ったら、

人のせいにする

状況が変わらない

アイデアが生まれない

文句を持つ

味方を敵にする

身体に支障をきたす

といった具合だ。

逆に、

選択しなおそうと思っただけで、

状況を客観視できる。

学び直せる。

アイデアがわいてくる。

周りの人に理解を促せる。

さて、子どもにどちらを選んでほしい?

だとしたら、どちらを選ぶ?